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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4443号 判決 1953年11月21日

原告 篠宮政吉

右代理人 松島秀男

被告 当間和吉

右代理人 金末多志男

主文

被告は原告に対し、別紙目録の建物をその裏側に建増した木造ブリキ葺平屋建建坪三坪七合五勺の部分を収去して明渡し、且つ昭和二十六年一月一日からその明渡済まで一ヵ月金一千円の割合の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。

理由

原告が昭和四年十月十日、その所有にかかる別紙目録の建物を、期間三ヵ年、賃料一ヵ月金三十二円毎月末日払い、原告の許諾を得ないでこれに増築又は造作の取付若しくは模様替えをしないこと且つ右約旨に違反するときは賃貸借契約を解除することができるという約旨で被告に賃貸し、右賃貸借契約は引きつづき更新され、昭和二十五年八月一日からは右賃料が一ヵ月金一千円に改定されたことは、当事者間に争いがない。而して被告が右建物の裏側に木造ブリキ葺平家建三坪七合五勺の建物を増築し、又店舗の軒先に七合五勺の突出し工事をしたこと、又被告が昭和二十六年一月分から同年四月分までの賃料の支払をしなかつたことも被告が認めるところであり、そこで原告から被告に対し昭和二十六年五月九日発翌十日着の書面で、「この書面到達後向う五日内に右増築部分を取毀し、且つ昭和二十六年一月分から同年四月分までの賃料を持参支払われたい。右期間内に被告においてこれを履行しないときは本件賃貸借契約を解除する」旨の催告並びに条件附契約解除の意思表示があつたこともまた当事者間に争いのないところである。

そこで先ず被告の主張するようは本件建物の裏側の増築、改築につき原告の承諾があつたか否かを考えて見るのに、証人五百川啓作、同島崎孝太郎、同岸謹一郎、同当間卯平、同当間つる恵、被告本人の各供述を綜合すると前記増築部分は昭和二十一年九月頃現状の通り改築されたのであるが、その以前にも同じ箇所に簡単な蔽いをのせた物置が設けられ、被告の営業である食料品兼薪炭商のための空ビンや箱がおさめられてあつたこと、その物置は当時隣家に住んでいた原告の弟亡篠宮金八の承諾を得て、むしろそのすすめによつて昭和七年八月頃設けられたものであり、前記改築はこの物置の木戸や屋根を完全にし、そのなかに台所をも拡張したものであることが認められる。然しそれ以上に金八が原告に代つて右承諾をするについての権限を有したことについては、これに関する証人当間つる恵(被告の妻)及び被告本人の各供述は証人篠宮ハル、同篠宮茂臣及び原告本人の各供述と比べて信用するに足らず、他にこれを認むべき証拠がない。更に被告が、前記の通り昭和二十一年九月頃右物置を現状の通り改築したことについて原告の承諾があつたということも、これを認めるに足る証拠はない。

次に被告が本件建物の前面にした七合五勺の突出し工事について、証人当間つる恵の供述によれば、右改造は昭和二十五年十一月頃したものであることが明らかであるが、この工事について、原告の承諾を得たことを認めるに足る証拠もない。

以上の通り本件建物の裏側部分の増築及び店先の突出し工事につき原告の承諾があつたことは認められないのであるが、被告は更に、右の如き増築は本件賃貸借契約の解除の理由とはならないと主張するので考えてみるのに、被告のした右各工事は本件賃貸借の目的たる建物の使用方法について何等の変更を加えるものではなく、むしろこれに便利な様に修理若しくは拡張したものであることは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し明らかである。しかのみならず、証人当間つる恵及び被告本人の各供述によれば、本件賃貸借契約は、被告が本件家屋を食料品等商の店として、相当長期にわたり使用することの予想のもとに締結され、昭和四年賃借当初から現在まで二十数年間、当然家主の負担たるべき修繕等もほとんど被告の負担でされてきた事実を窺い知ることができる。かような事情を考え合せれば、被告が右建物使用の便宜のために、たまたま原告の承諾を得ないで、前記程度の改造をしたことを以て、契約解除の理由たるべき不信行為があつたものとすることは出来ないと考えるのが正当である。原告本人の供述により真正にできたものと認められる甲第三号証及び原告本人の供述によれば、原告は被告の店先の突出し増築によつて、新たに一ヵ月金三十六円の地代債務を負担するに至つたことが認められるが、被告がこれがために原告に対し損害賠償義務を負担するようなことがあるは格別として、これを以て直ちに賃貸借契約解除の理由とすることは出来ないとすることが衡平上妥当であると考えられる。

そこで被告の賃料債務の不履行の点について考えてみる。被告は本件建物の賃料債務は取立債務であると主張し、証人当間つる恵及び被告本人の各供述中には右主張と符合する部分もあるが、後記各証拠と比べてみれば、これはたやすく信用出来ない。かえつて真正にできたものであることにつき争いのない甲第一号証、証人篠宮ハル、同篠宮茂臣及び原告本人の各供述に前記証人当間つる恵及び被告本人の各供述の一部を綜合するときは、本件賃料債務は持参債務の約旨であり、たまたま原告は弟金八が被告の隣家に住んでいた関係から便宜上同人に家賃の取次を頼んだことがあつて、金八が被告のところに取りに行つたり、被告が金八のところに届けたりしていたが、昭和十二年十月金八死亡し、その後しばらくはその妻ハルがその取次をし、同人が移転してからはときどき原告の都合で家賃を取りに行つたことがあるに過ぎなかつたことが認められる。証人桐生留雄の供述によれば、かつて被告と同様に原告から本件家屋の裏の家屋を借りていた同人は、その賃料を原告方に持参支払つていたというのであり、被告についてもこれと異る事情もないのでその賃料の支払方法は、持参して支払うのが本来の約束だつたと認めるのが相当である。ところで被告は前記のとおり昭和二十五年一月分から同年四月分までの賃料を支払わず、原告から前記のように期間を定めてその催告を受けたに拘わらずなおその期間内に右支払をしなかつたことは、弁論の全趣旨により明らかである。(真正にできたことにつき争いのない乙第二号証の一、二、三の各供託も、はるかのちにされたものである。)従つてこの理由に基きなされた原告の契約解除は理由があり、本件賃貸借契約は前記催告期間の終つた昭和二十六年五月十五日限り、被告の不履行を条件とする原告の契約解除の意思表示によつて、解除により終了したとみるのほかはない。

被告は原告の右契約解除は権利行使の正当の限界を越えたものと争うが、これに関する被告の主張は、わずかに原被告双方本人の供述によつて、被告主張の頃原被告間に本件家屋売買の交渉があつたが、値段の点で折り合わず、不調に終つたことがあることを認め得るに止まり、それ以上原告の契約解除が被告主張のような不当な意図に出るものであることを認むべき証拠がないから、これに関する被告の主張もこれを採用することができない。

してみれば被告は原告に対し本件建物を原状に回復して返還し、且つ昭和二十六年一月一日から同年六月十五日まで未払の一ヵ月金一千円の割合の延滞賃料を支払い、更に同月十六日から右家屋明渡済までこれを占有していることにより原告に負わせている、右賃料相当額一ヵ月金一千円の損害金を支払うべき義務あること明らかである。

よつて被告に対し右義務の履行を求める原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、なお仮執行宣言の申立については其の必要を認めないのでこれを附けないこととし、主文の通り判決する。

(裁判官 入山実)

<以下省略>

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